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2010-04-27

日曜美術館(4/25) 夢の北斎 傑作10選 part.2

前回の日曜美術館(4/25) 夢の北斎 傑作10選 part.1に続いて葛飾北斎です

北斎を読んでみる

私が北斎の絵を見てすごいと思うのはやはり画面の構成。
(そしてそこから読み取れる対比と解釈)
実際あんな大波に北斎が揺られていたわけはないでしょうから、実際の景色を見つつも彼の想像力(と鍛錬!)でこれだけ記憶に残る作品を作り上げた北斎には脱帽

「冨嶽三十六景 神奈川沖浪裏」1830年頃

代表作『神奈川沖浪裏』ですが、ここに描かれているのものは大波、富士山、押送り船(と人)に絞られており、特に波が画面左の大半を占め、その勢いと大きさは圧巻です。また、全てを掻き込むような波頭の描写と波に飲み込まれそうな船や波に従うしかない他の船の対比が、さらに波の荒々しさと雄大さを強調します。もっといえば、波という大自然と前に進もうと抗い、また時に波のなすがままに漂う人間の対比ともいえます

富士山ですが、大波と比べて画面の中ではあまりスペースが与えられていません。でも何故か目線は富士にもっていかれますよね。線を引きたくなる絵でも紹介されているように、神奈川沖浪裏』では波頭が作る線が導線となって目線が富士にいくようになっています。また、カーブを付けて大波を描き、包み込むような円形スペースが出来る事によって、その空間に突き出た富士の存在感が一層際立ちます。
さらに、この画の中で空として扱われている背景が富士山のもつ神秘性をも醸し出し、ある意味富士と一体化しています。それによって猛々しく動的な波と神秘的で静的な富士との強いコントラストを作り出しています。

富士山自体は小さいのに目で見た以上にその存在感が頭の中で強調されるのはこのような理由からだと思います

名前は何十回も変え、様々な画法を吸収して90歳まで描き続けた北斎。
伝統的ともいえる余白の美に加え、北斎独特の波頭の細かい描写に計算された構図。あらゆるものを一つにまとめあげ、北斎の表現が一枚に凝縮された「冨嶽三十六景 神奈川沖浪裏」には感嘆です。



個人的にはさらに富士は不動、不死、波と人は世俗の移り変わりのを表すなんて、仏教的な解釈もできるんじゃないかと思います。
下の絵は番組内で『北斎漫画』の組み合っている図案が使われたとして比較されていたゴーギャンによる『説教のあとの幻影』です。印象派的な作品からの離別と彼独自のシンボリズム、独特の色の配置で高く評価されている作品で、画面を斜めに隔てる木によって天使とヤコブのいる幻影の世界とブルトン人の女達が祈る世俗の世界が表されています。
この神秘的な領域と世俗という2つの世界を表しているという解釈が神奈川沖浪裏』の大波と富士のコントラストに通じるところがあるのではと思ったりします。
(ちなみにこの画面を斜めに横断する木の構図は歌川広重の『名所江戸百景 亀戸梅屋舗』からヒントを得ているようです)

Paul Gauguin. La vision après le sermon [説教のあとの幻影]. 1888年


関連リンク:


「90歳の生涯で膨大な作品を残した葛飾北斎。驚くべき体力と精神力の持ち主であった彼は、70歳を過ぎてから代表作『富嶽三十六景』シリーズを制作し、その後、長野県・小布施を訪れて、宇宙の混沌(カオス)を描いたかのような傑作を80代半ばに完成させた。なぜ北斎はカオスを描いたのか。『富嶽三十六景』の制作の頃から追って、その謎の真相に迫る。」

(*番組内でやっていた画面の構図分析みたいな図もみれます)


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日曜美術館(4/25) 夢の北斎 傑作10選 part.1

今も昔も海外で一番有名な日本人アーティストといえば、葛飾北斎でしょう。歌川広重も勿論有名ですが、海外でも『冨嶽三十六景 神奈川沖浪裏』はポスターとして人気があるので、多分北斎の名前が出てこなくても「フジヤマと波(big wave)の絵」の制作者でわかる人もけっこういるんじゃないかと思います

そんな北斎がNHKの日曜美術館に登場
(私、北斎ってあんなに多産で多様な作品を残した方だって知りませんでした。)

いろんな作品が紹介されていましたが、やはり代表作『冨嶽三十六景 神奈川沖浪裏』は構成、波頭の形等興味深い点がたくさんありますし、北斎の最高傑作というに相応しい作品だと思います

富士山と北斎

古代から日本には山岳信仰がありますが、江戸時代後期には富士信仰の一派である富士講が大流行したようで、江戸では「江戸八百八講、講中八万人」などと言われていたようです。また神社参詣も盛んになり、庶民も伊勢神宮に詣でる御蔭参りだなんだと理由をつけて旅行に出ていたので途中富士を間近でみることもあったでしょう。
(新詳日本史によると1830年には約500万人もの人が御蔭参りにいったとか...すごい数!)

これだけ富士山がもてはやされていた時ですから、北斎もそれに便乗したとも考えられますが、生涯絵師として精進し続けた北斎にとっては単に人気のある題材というだけでなくもっと精神的重要性があったのかもしれません。
(北斎と妙見信仰については「カオスを描いた北斎の謎 第20回 北極星から取った北斎の号 - 方位、方角を尊び守る妙見信仰に基づいた命名」で触れられています)

「冨嶽三十六景 神奈川沖浪裏」とその他の作品

下はカオスを描いた北斎の謎で紹介されている「おしおくりはとうつうせんのづ」です。画面左に大きく描かれた大波の構図なんかは神奈川沖浪裏』を彷彿とさせるものがありますが、これには富士は描かれていません。また、内田氏の言うように波はまるで蛤の化け物の様です

「おしおくりはとうつうせんのづ」
東京国立博物館蔵. 1800年(もしくは1804年)


『冨嶽百景』二編9丁より「海上の不二」. 二編は1835年刊行

『冨嶽三十六景』の初版は1823年頃に制作が始まり、1833年頃頃完結しているので図案ができたのは『海上の不二』の方が『神奈川沖浪裏』より後なのかもしれません。
「冨嶽三十六景 神奈川沖浪裏」1830年頃




関連リンク:

日曜美術館|夢の北斎 傑作10選

日経ビジネス オンライン|カオスを描いた北斎の謎
「90歳の生涯で膨大な作品を残した葛飾北斎。驚くべき体力と精神力の持ち主であった彼は、70歳を過ぎてから代表作『富嶽三十六景』シリーズを制作し、その後、長野県・小布施を訪れて、宇宙の混沌(カオス)を描いたかのような傑作を80代半ばに完成させた。なぜ北斎はカオスを描いたのか。『富嶽三十六景』の制作の頃から追って、その謎の真相に迫る。」

葛飾北斎《冨嶽三十六景「神奈川沖浪裏」》─線を引きたくなる絵「大久保純一」
(*番組内でやっていた画面の構図分析みたいな図もみれます)


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2010-04-22

花:サルバドール・ダリ vs 北野 武/ビートたけし

昨日、本屋でFIGARO(2010年6号)を立ち読みしていたら、今パリのカルティエ財団で行われている北野 武/ビートたけし展「Gosse de peintre - 絵描き小僧」の特集が載っていました。

作品も何点か紹介されていたのですが、その中にちょっと気になる1点が

それは真っ青な背景に、ピンク色で柄入りの着物を着た女性が立っている絵
(時代考証とかはできないのですが、被布の長いのを着たようなカンジです。だから江戸時代だと勝手に推測)

ここまでは普通なんですが、頭が百合の花なのです

そこで浮かんだのがサルバドール・ダリのこの作品↓
1973作、無題(花の頭を持つ女人像)
[Untitled (Female Figure With Head of Flowers)]

体が変形していたり、奇妙な世界観をもつダリ作品にしてはおとなしい部類のものですよね。(でも花を単に愛でるものと考えたら、まるで女性を見るだけのモノとして描いているとも言えます。)

この作品の背景を見るとラフスケッチで終わってしまっている部分もあり、完成したものなのか疑問なところもありますが、この構図が北野作品にすごく似ているのです。本当に北野作品の画像がないのが惜しい!書店でチェックしてみてください!!


北野氏自身は会見で、
「...一番正直に、自分がこの楽しいと思うことを、皆さんと共有したいということで作ったわけで、もう裏に背景とか、このオブジェがどういうものを意味するかって大抵皆さんは聞きたいと思いますが、えー答えはないですから。...」と言ってます

答えはない、でも解釈は自由。
だからこの百合頭の女性とか気になっちゃうんですよね
キリスト教の絵画で白百合は受胎告知の時にガブリエルがよく持っていてるアイテムで、この場合はマリアの処女性を象徴するもの。何を考えながら描いていたんでしょう?


ちなみに「いいなと思う作品(影響を受けたわけではない[本人談])」に上げられているのは印象派、マティス、ピカソ、モンドリアン、カンディンスキーでした

色に関して影響をうけたのは「ペンキ屋であるうちのオヤジ」だそうです!


カルティエ財団|北野 武/ビートたけし展「Gosse de peintre - 絵描き小僧」
(インタービューと写真のページがあります)
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2010-04-20

Yoshihiro Suda: In Focus @ Asia Society

既に終わっている展覧会を紹介することになってしまうのですが、
この間「アートフェア東京2010 - 雑草編」で書いた須田悦弘さんがニューヨークにあるAsia Societyで2月まで個展をやっていました。

Yoshihiro Suda: In Focus

丁度そのページにインタビューが載っていたのでリンクを貼っておきます。
作品制作から構想等色々なことを話されているので、作品について更に知りたい方は是非読んでみてください
Telephone interview with Yoshihiro Suda
(インタービューは全て英語となってます。あしからず。)

こないだのアートフェアでもらったPalais de Tokyoで展覧会をした時のパンフレット(仏語は読めないので翻訳ソフト使用)のインタビューとこれを読んで、ほんとに色々な視点で鑑賞できることがわかり興奮しております

例えば、この間のエントリーでも紹介した雑草の作品ですが、彼は2006年に丸亀市猪熊弦一郎現代美術館で108の「雑草」を設置したそうです。108と言えば除夜の鐘の数。あの鐘をつくことによって百八煩悩を一つ一つ吹き消す意味があるそうですですが、さて雑草に置き換えて考えると?

また、作品の一つに朝顔の花がありますが、これはPalais de Tokyoのパンフレットによると千利休の「朝顔の茶会」から発想を得たそうです。この茶会のエピソードというのは、千利休が秀吉に朝顔が咲いているからと招待したのに、秀吉が行ってみれば庭には一輪も咲いていない。茶室に入ってみると、朝顔が一輪だけ生けてあり、秀吉が感嘆したというものです。
(Yoshihiro Suda, Morning Glory. 2007. Painted wood. Installation view at Galeria Fortes Vilaça, Sao Paulo)

アートは知れば知るほど楽しい
数分美術館の作品の前で「見る」だけでなく、様々な角度から考察してみるとより深く作品を楽しめると思います

私がアメリカで西洋美術史のクラスをとった時、一番始めの授業で教授が示した美術[史]を読む上で重要なことは以下の4つでした

contents(内容:何がこの作品に含まれているのか、また材料や技法)
intents(意図:何故この作品が作られたのか、何故この材料や技法なのか)
contexts(文脈:歴史的なものを含め、どのような流れがあるか)
critical/aesthetic reception(評論的/美学的感受能力:根本的な題材とは)

ま、たアーティスト、作品、材料、スタイル、後援者、鑑賞者のもつ多様性と複雑性を正しくとらえ、評価していくことも重要ということでした

いろいろな鑑賞の仕方はあると思いますが、その教授流に言うと、作品は事件現場みたいなもので、それを精査していくのがアート鑑賞といえる、なんて言っておりました(ちなみに彼は18世紀イギリス美術史の専門家です)


最後に、前回の雑草編に続きちょっと批評もどきでもしようと思っていたのですが、能楽とか日本の伝統芸能の絡めて書こうと思ったら原書を読まないと...となって、途中でストップしてしまいました。

それではこの辺で・・・
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2010-04-18

「作品にお手を触れないで下さい」@MoMA

美術館にいったらよく見るこのラベル。

子供なんて連れていった日には、作品に触らないか心配する親御さんもいるのでは?
(私は大学の友達が作品に触れてビックリしたことがあります。もちろん監視員の人に注意されてました。不幸中の幸いと言えばその作品が金属のプレートであったことでしょうか。水彩とかだったら...)

まー当たり前といったかんじなのですが、以前紹介したニューヨーク現代美術館で現在行われているマリーナ・アブラモヴィッチの展覧会ではどうも「作品にお手を触れないで下さい」というルールを守らない方が意外といるようで、ニューヨーク・タイムズ紙の記事になってしまいました

マリーナ・アブラモヴィッチさんというのはパフォーマンス・アート界の女帝とでもいったらいいのでしょうか。
今回MoMAで行われている大規模回顧展では彼女が過去に行ったパフォーマンスを他の選ばれたアーティスト達も披露しているのですが、中には裸で行っている作品もあります

Imponderabiliaという裸の男女の間を鑑賞者が通る作品にかこつけてパフォーマーに故意に触る不届きな行いをする人もいるそうです。記事には肋骨のあたりを触って、最後にはお尻の方まで手を出してしまった大胆不敵な輩の事がかかれています。仕舞には30年のメンバーシップを剥奪され出入り禁止になった話まで...。警察に突き出されなかっただけ幸い?

そんな不快な想いもする中でも、パフォーマーの方達は普段演劇等本職の方では得られない貴重な体験をしているようです。
美術館というステージと観客席という隔たりのない空間、しかも声を発して何かを訴えるわけでもなく、動く事もないパフォーマンス。彼らは鑑賞者の前に晒されることで危うい立場にもなり、同時にその強さをも放つ。

GWでニューヨークに行かれる方は是非MoMAに行ってみてください!

©Suzanne DeChillo/The New York Times
A performer in “Marina Abramovic: The Artist is Present” at the Museum of Modern Art.

MoMA|Marina Abramović: The Artist Is Present

ネタ元:ニューヨーク・タイムズ
Some at MoMA Show Forget ‘Look but Don’t Touch’


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2010-04-17

GEISAI大学第4シーズン 終了

昨日はGEISAI大学第4シーズンをUstreamで観ていました
(どうも7時間も観ていたようです。特に村上隆さんと東浩紀さんのトークはほんとに楽しかった。後半窮地に追いやられてしまった?黒瀬陽平さんは次回頑張ってください!とにかく主催者側の人は、本当にお疲れさまです、というかんじです。今回初めて観たのですがいつもこんなに延びてたのかな??)

昨日から今日にかけてやっていたテーマは(終わったのは午前2時過ぎ?日にちまたいでました)、

『カオス*ラウンジ』とは何か?——「ネ申」が降臨する祭りの形式

GEISAI大学のページからの引用:

『カオス*ラウンジ』とは何か?-「ネ申」が降臨する祭りの形式


現在、日本におけるアートの震源地は、完全にネットの中へと移行している。
2ch、mixi、YouTube、ニコニコ動画、Twitter、 Tumblrと いった「アーキテクチャ」(濱野智史)の数々は、ここ数十年の情報環境の整備とともに発展し、今や最も過激で豊かな文化資源の貯蔵庫と化している。
し か し、そこは同時に、匿名的な想像力が支配する世界でもある。
そこでは常に、作品未満の作品やコンテンツ未満のコンテンツばかりが生々流転し、決して一人 の 作家、
ひとつの作品へと固着するとこがない。豊かであると同時に不毛なこの世界から、果たして、作品はつくられるのか?作家は生まれるのか? 
—— 現在、私がキュレーションしている『カオス*ラウンジ』という展覧会は、以上のような問題意識をベースに企画されている。
本講演では、『カオス*ラウンジ』の意義と、その周辺の作家、作品を解説すると同時に、
いわば「情報化時代のアート」についてのヴィジョンを提示するつもりである。(黒瀬陽平[美術家、評論家])


今回は『カオス*ラウンジ』とは何か?が論題だったわけですが、(ネタばれですが)結論というものがでませんでした。

前半2時間ほど黒瀬さんが説明したのですが、その講演では核心をつかなかった(つけなっかたと言った方が正しいかな)。もっといえば、このプロジェクトの革新性や重要性を歴史の中で位置づけられなかったと言えばいいのか
(観たい方は→http://www.ustream.tv/recorded/6218386

それで後半約5時間にも及ぶ『放課後討論会』になったわけですが・・・

残念、出ず。

ただ、出演されていた村上隆さんと東浩紀はさすがプロフェッショナル。
結論なくても、この2人の質問、トークのために録画したものを観る価値はあります。
特に、村上氏が例を挙げながら欧米の批評や物差しを述べているところや、東氏の歴史(過去の批評であり、哲学であり)を知った上での批評の重要性etc(村上氏は実際に欧米で多くの批評をうけているだけあって言葉に重みがあります)。
あと、お二方の『カオス*ラウンジ』に対するコメントも貴重です。
(後半戦はこちらから)

今回多いときで2200人もの方がUstreamで観ていたようですが(美術手帳の編集長さんも現場にいらっしゃいました)、このプログラムが『カオス*ラウンジ』だけでなく日本のアートどのようにに影響を及ぼすのか?さすがに一夜ですばらしいアーティストや批評家が出来上がるわけではないですが、日本の曖昧にしてしまう点が変わっていくのか?これからが楽しみ


今回「何?」という事を示してもらいたかった。
「日本の若手評論家もすごい」「これなら日本のアートももっと盛り上がっていく」って思いたかった
と一視聴者としては残念に思いますが、とにかく次回のギャラリーでの展示に合わせてなんらかのステイトメント出ることを願ってます。さすがに3度目の正直はね。

(ちなみに私はまだ実際に『カオス*ラウンジ』を見に行ってません)


GEISAI大学第4シーズンを観るUstream

『カオス*ラウンジ』のホームページ

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2010-04-11

美の巨人たち(4/10放送)

昨日美の巨人たちで『フォンテーヌブロー派「ガブリエル・デストレとその妹」』が放送されていました
(ちなみにルーヴルのページでは《ガブリエル・デストレとその姉妹ビヤール公爵夫人とみなされる肖像》)

© RMN / René-Gabriel Ojéda

正直私としてはもうちょっと突っ込んだ内容にして欲しかった!
せっかくフランスまでいって専門家に話をきいているのに、なんであの警察官とかに時間を割いちゃうのか...残念。

四角い鏡とか(ヤン・ファン・エイクのアルノルフィーニ夫妻像は円形)
あの幕の不自然さとか(特にこちらから見て左側)
壁の絵画は何をもとにしてるのか

気になりだしたら切りがない...

ネットの資料だけでは謎は絶対解けなさそうですが、いくつか見つけたのでここに貼っておきます。

モデリング:
番組ではあのモナ・リザの絵が引き合いに出されていましたが、エルミタージュとかにあるレオナルド派の作品として残っているNude GiocondaとかLady at her Toiletとかも歴史的に参照されるようです。




お風呂:
絵の中で2人はお風呂に入っていますが、私たちが考えるような湯船にのんびりつかって入浴というのは当時稀だったようです。
というのは、ルネサンス以降、医者達はお風呂に入るとその熱のせいで毛穴が開き、その穴から体内に毒気(miasmata)が入ると信じていたからです(当時は川から水をひいていたけれど、川は汚水を流すためにも使われていた)。その為、お風呂に入るのは医者に「処方」された時のみで、さらに厳重な注意を払って入浴したようです。

このことを踏まえて絵を見ると、入浴シーンは毒殺されたことを暗示しているのかも...??

詳しくは↓のページから(英語/仏語)
Musée historique environnement urbain|The "dry wash"

ルーヴル美術館の作品解説(日本語)

Musée historique environnement urbain|Gabrielle d'Estrées and one of her sisters

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2010-04-05

アートフェア東京2010 - 雑草編

アートフェア東京終了!

土曜日に皇居周辺のお花見をかねて行ってきました。


こういうアートを売買目的としたイベントに行くのは初めてだったのですが、美術館とは違っていろんな作品を一気にみれるので個人的には楽しめました(日本の古美術からコンテンポラリーまで様々。でも絵画中心)。
ブースによっては作品がけっこうあったので、作品にぶつかりはしないかとちょっと不安なところもありましたが...

アートを買う気がなくても絶対楽しめるイベントなので、「フェアだから...」と思っている人にもオススメします。あとはアート・トークを聴くのにもいい機会です。


気になった作品は何点かあったのですが、とりあえず一つ上げるとすれば、
ギャラリー小柳のところの須田悦弘(すだ よしひろ)

今回はバラ一輪のみを飾ってあるという、他のブースにはない演出。
なんだかあのスペースだけ雑音の中で時が停止した静けさを放っていました

でも私が特に気になったのはそこになかった作品。
しかも「雑草(Weeds)」

カウンターのところに2004年パレ・ド・トーキョー(パリ)で行われた展覧会のパンフレットがあって、中をぱらぱら見ていて発見。


なんで私が「雑草」に興味をもったかというと...

まず、高校入試の小論練習をしていた時、当時の国語教師に教えてもらった過去問に「ヨーロッパには雑草がない。それはなぜか」という問いがあったからです。当時の私はヨーロッパの人は雑草という一見無価値のようなものにも何らかの価値があるはずだから、「雑草はない」というのかな、と考えていました。
今考えても難問です(~_~;)
例えば、最初に日本語でいう雑草のイメージを上げると、そこら辺に生えている取るに足らない植物や農耕地に生える農作物以外の邪魔な植物を思い浮かべると思います。既にこの時点で「取るに足らない、存在価値を無視された」植物と「邪魔な、必要のない(若しくは存在価値を否定された)」植物という2通りが考えられるのです。ヨーロッパの雑草について話す以前に日本語の雑草って?ってな話になってしまいます...

実際ヨーロッパでこんな事を言うのかは定かではありませんが、この展示を機にまた私を悩ませる問いでした(当時は小論の文字数指定が1800字前後だったので、さらに四苦八苦してました)

そして、この作品の元となった雑草がシロイヌナズナ(Arabidopsis thaliana)っぽかったから。
(実際はただのシロイヌナズナ属の他の植物かもしれませんが)
シロイヌナズナは、2000年に植物としては初めて全ゲノムが解読され、モデル生物として植物学をやっている研究者には超重要な植物なのです!シロイヌナズナの野生種をもとに、研究用に遺伝子組み換えされたものもたくさんあります(もちろん市販はされていません)。
仮にこの木工作品がシロイヌナズナをモデルとしていたら、「なんでギャラリー(若しくは美術館)に実際雑草だけれど生物学の研究では重要なものが!?」となるのです。作品の精巧さに驚き、その正体にびっくり。


普通にみたらタダの雑草
よく観れば精巧な木工作品
研究者が見たら研究用モデル生物

見方もいろいろ

写真はArtnews.orgのページから




















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